「こんなものがあったのか!」と、驚き、喜んでもらえる一品です。
その誕生ストーリーと一緒にご賞味ください。

無酸処理の海苔って、ご存知ですか?

鶴の越冬飛来で有名な鹿児島県出水市には、もうひとつ全国に誇れるものがあります。福ノ江浜で養殖する海苔です。出水漁協の協力のもと、この浜一帯での海苔養殖は、海の農薬といわれる酸処理を一切しない、無酸処理の海苔を育てています。

かつて、海苔養殖が多収穫に向かうまでは、潮が引くと海苔が植えつけられている網が水面から出る“干出(かんしゅつ)方法”でした。水面から出た海苔は太陽の光を直接浴びることで病気予防になり、香り豊かで味の良い海苔に育ちます。それが生産量を増やすために海水にずっと漬かったままで成長させる“浮き流し養殖法”に変わったのです。

この方法は養殖網に浮(うき)をつけ、潮が引いても海苔が海水に浸かったままになっているので、成長が良く、生産量を大きくアップできます。しかし、直射日光に当たらないので病気にかかりやすい。そこで始まったのが酸処理です。

酸処理は酸の溶液が入った箱船に網を浸し、海に入れます。酸はリンゴ酸などの有機弱酸と業界では決めていますが、罰則がないので効き目の強い塩酸、硫酸、リン酸などの無機強酸が使われてきました。これでは海が汚染され、周囲の生態系が破壊されてしまいます。現在は規制がきびしくなっていますが、どこも多量の酸を使っていたので海底に窒素やリンがたまっています。

遠浅の福ノ江浜。収穫は12月から翌年の3月まで。干潮時に行なう。九州・鹿児島といえども冬は寒い。ましてや明け方の海である。手摘み作業は寒さ、冷たさとの闘いである。
潮が引くと海苔が水面から出てくる。遠浅の浜の波はまるでゆりかごを揺らすように海苔の網を揺らしている

海のオーガニックってあるのかな?

無酸処理の海苔養殖をしているという話を聞き、はじめて出水の地を訪ねたのが2007年6月。漫画「美味しんぼ」第101巻「食の安全」シリーズのコーディネートで全国を取材しているときでした。

当時、全国の海苔総生産量は100億枚を当たり前に記録しており、その中で出水は600万枚。わずか0.06%です。これは無いに等しい量です。それくらい希少な代物です。そして特筆すべきは、福ノ江浜では、いまや日本沿岸で生産される海苔のほとんどが、汚染に強く、大量生産に向くスサビノリという品種になっているなかで、2008年に急逝した故古賀重美さんと7人の仲間が、幻の海苔といわれる在来種「出水アサクサ野口種」の復活に挑戦し続けていました。そのアサクサノリを古賀さんが亡くなった今も育てています。

が、当時の仲間も高齢化でひとりまたひとりと引退し、いまは2人だけになっています。

しかしながらアサクサノリのグレードはアップしています。アサクサ種はもともと養殖が難しく、外来品種に混生侵食されやすいので、毎年DNA鑑定により50%以上の含有率がない場合は出荷しないという製造者(出水天恵海苔)独自の厳しい基準を設けて、アサクサノリ本来のおいしさを損なわないよう品質を管理しています。

そのおいしさとは、海苔を育てて23年のベテラン漁師、島中さんの「海苔はまず、あもうなきゃいかん」(あまくなければいけない)のひと言に尽きます。

無酸処理の海苔は手摘み、手漉き、天日干しともなると、海苔の味わいを満喫できます。あふれるほどに太陽の光を浴びていると、すぐにわかるほどに香ばしく、噛むと「サクッサクッと、パリパリでなくサクッサクッとする」と島中さん。

そして、口にふくんでもなおその香ばしさを噛んでいるようで、香りが鼻腔からぬけます。濃厚といえるほど旨味たっぷりで、上品に甘くもあります。そして後味さわやかです。
一枚焼いてみると分かります。一枚だけで部屋中海苔の香ばしさでいっぱいになるほどです。

姿かたちが同じ海苔でも、こんなにもちがうのかと驚きます。「それじゃあ、いままで食べていた海苔はなんだったんだ?」と、思わずツッコミを入れたくなるくらいです。(笑)

いい気分で一枚一枚漉いていく。動作は単純だが、すべてを均一に漉く感覚はさすが!

守り、残すべき自然がある。そこは“宝の海”

出水はいい水の湧くところ。

背後の紫尾山と矢筈岳の広葉樹林の山からプランクトンの豊富な栄養たっぷりの水が福ノ江浜に注ぎ込まれます。海もきれいで、潮がひくと600メートルの浅瀬が続く、海苔には理想的な浜です。

出水の漁師たちが無酸処理にこだわるのは、海の汚染から浜を守りたいからです。豊かな森が豊かな海を育てる。自然にゆだねたままで、手間を惜しまず海苔を作り続ける。手間をかければかけるほど子どもを育てている気持ちになるといいます。その思いは、この豊かな自然をそのまま後世に残さなければいけないという思いにつながっています。

「コン海ハ、宝ン海デス」

そうつぶやく響きに、ここで生まれ育った漁師さんたちのやさしさも海に育てられたのだなと納得し、そのことばの独特なやわらかい抑揚に心地よさを感じていました。

和紙を漉くように、均等の厚さに漉いた海苔を一枚一枚、摘んだその日に天日で約4時間ほど干して完成させる。天日干しの向こうに広がるのが福ノ江浜。

宝の海の証し

酸処理をせずに守ってきた海では、海苔の収穫が3月に終わります。そして、数年前から4月、5月の休日ともなると浜は家族連れの新たな賑わいでごった返します。その数推定4000人。みんなマテガイ(馬刀貝)の潮干狩りに訪れるのです。いつの頃からか福ノ江浜はマテガイ掘りのメッカとなったのです。どの家族も大漁でご満悦。そして魚影も濃くなり、エビ、イカ、キス、アジと出水ブランドになりつつあります。

まさに海の恵みです。豊かな“宝の海”の証しです。

「出水天恵海苔」が販売している出水の海苔

この記事を書いた人

山口タカ
大分県佐伯市出身 や組代表 クリエイティブディレクター(編集制作/マッチングコンサル) オーガニック、アウトドア、食育をテーマに活動。1997年に日本初の一般消費者向けのオーガニック専門誌「ORgA(オーガ)」創刊。 2001年に「オーガニック電話帳」を自費出版。以来、”ひとり出版社”と称してオーガニックの普及をライフワークとし、全国の篤農家や食品メーカー、レストランなどを取材している。漫画「美味しんぼ」第101巻“食の安全”をコーディネートし、作中に“有機の水先案内人”として登場。2020年4月、「東京オーガニックレストラン手帖」を辰巳出版より刊行。

関連記事