最近、農業の分野でよく使われる“ビジネス化”と“大規模化”という言葉だが、見るたび、聞くたびに違和感を感じる。

日本農業で大規模化がうたわれたのは1961年の初めての農業基本法だったと記憶する。1950年代から60年代、第一段の工業の大規模化が盛んに進められていた時代である。それに合わせ農業も大規模化を謳い、“サラリーマン並みの所得を目指す”というものだった。そこからもはや65年が過ぎたわけだが、平地などで農地集約、モノカルチャ―(単一栽培)が可能なところなどでは当然のごとく“ビジネス”として、ほっといても大規模化は進んだ。しかし、最新のデータでも日本のように70%、農家数の40%を占める中山間地、しかも農地解放によって農地所有が細分化されているところでは難しかったし、そもそも意味がなかった。

一方で産業の大規模化は、第二段として1960年代から70年代に流通・物流分野で進み、第三段は1980年代90年代、大規模小売店舗法の規制緩和で小売の大規模化に進んだ。スーパーマーケット、GMS、ショッピングモールの展開。システムの標準化によって、コンビニエンスストア、薬など分野を絞った店舗のチェーン展開が進んだ。

しかもこの3つの時代を追った大規模化は一部を残し、すでに終焉していることは多くの人が実感していることだ。

大規模化は均一化、平均化、標準化が可能な分野でこそ意味がある。農業はそもそも地域性、季節性などを感じ、多様性こそが魅力をつくる世界である。平地の大規模生産、モノカルチャー化の進んだ産地の直売所より中山間地の小さな直売所のほうが魅力があるのは多くの人が感じている。

そして今大規模化の意味がある事業はGAFA(Google、apple、Facebook、Amazon)に代表されるプラットフォーム事業に移っている。小さなものが集まり、共通するシステム、機能をシェアし、効率を上げていく。これはこれまでの3つの大規模化の世界とは全く違うものである。

農業は、スケールしない本質的特性を持っている。特に日本農業が大規模化できなかったのは失敗ではなく、農業の正しい姿だったと言える。これまで大規模化できたところを否定する気はないし、特に平地の水田など大規模化できるところはどんどんすればいいことだ。しかし一方で、ライフスタイルとしても地産地消といわれる地域密着型で多品種少量生産、直接販売、しかも兼業や副業として農業が成り立っていく可能性は大きくなっている。そして、農業を対象としたプラットフォーム事業が農業をネットワーク化し、大きかろうが小さかろうが、同じコストで運営できる仕組みが出来ていくことになる。そこに農業の新しいビジネス化の道が開かれる。

なのだが、またもや農水省も音頭をとる苗づくり・田植え不要、除草は除草剤、病気は農薬でを前提に、効率的農業として“節水型乾田直播”など “3周遅れのトップランナー”ともいうべき“大規模農業”志向の“亡霊”が復活してきている。

オーガニック&サステナブル通信 Vol.122(2026.03.19 配信)

徳江倫明ミニコラム vol.3
“3周遅れのトップランナー”が使いたがる言葉は“ビジネス化”と“大規模化”

▽IFOAMの「書簡」から有機農業を考える。IFOAM専門家オンライン講演2月27日開催
https://organic-press.com/news/ifoam-japan_news02/

この記事を書いた人

徳江 倫明
1951 年熊本県水俣市生まれ。’76 年早稲田大学卒業、㈱ダイエー入社。食品公害や環境問題への関心から、’78 年山梨県韮崎にて農場を設立、有機農業と豚の完全放牧に挑戦。同年、有機農産物専門流通団体「大地を守る会」にも参画し、’80 年から大地を守る会の活動に専念。’88 年には日本リサイクル運動市民の会と提携、有機農産物の宅配事業「らでぃっしゅぼーや」を興す。その後、’99 年有機 JAS 認証機関 「アファス認証センター」の設立を手がける。現在、(社)オーガニックフォーラムジャパン会長、(社)フードトラストプロジェクト代表理事、(社)生きもの認証推進協会代表理事、(社)CSR 経営者フォーラム会長。「オーガニックライフスタイルEXPO」の主催、セミナーやスタディ・ツアーの企画運営、講演、執筆、農場経営、新規就農者支援等に東奔西走の日々を送っている。

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